<桂銀淑、すずめの涙>

まだ23になったばかりの頃、、、
帰りがけに課長に呼びつけられ、、、
「どうせ帰っても暇なんだろ」「これを届けてくれ」
届け先は柳ヶ瀬のクラブになっていた。
まだ繁華街に出かけるような経済力もなく、映画を見て、うどん一杯食べるのが唯一の贅沢だった頃である。
目的地のクラブを探して夜の柳ヶ瀬をきょろきょろしながら歩くと客引きのおねぇさんに腕を組まれてドキドキしながら、、どうにか辿り着いた。
重厚なドアを開けると、、、見たこともない別世界であった。
テレビでしか見たことのないようなきれいな女の子が20人ぐらい、、、
岐阜にもこんな世界があるのか、、、、圧倒されて呆然と立ちすくんでしまった。
みすぼらしい格好の若い男が、、、客じゃあないことは一目でわかる。
女の子の一人が、「ママぁ~」と呼ぶ。
出てきたのが、、、この桂銀淑にそっくり、年頃もこの写真ぐらい。声も、、このハスキーボイス。。
「なんか用」
これが第一声。
「これを渡してくれって預かってきました」
封筒を差し出す。
「ああぁ~杉原さんの部下の子なの」
「領収書を書くから、、、何か一杯飲んでってよ」
「ごめんなさい」「僕はこんなお店で飲めるような身分ではないので・・」
「こんな店とは、ひどいこと言うのね」
「そうじゃあなくって、、僕はいまおとぎ話の竜宮城にいるような気分です」
「ぼくの全財産、こんだけしかないんです」
2千円しか入ってない財布を広げて見せた。
「なんか、、、子供を相手に話してるような気分になってくるわ」
「はい、領収書」「杉ちゃんにまた来てねって言っておいてね」
これがこのママとの最初の出会いである。
あとから分かった話であるが、、、こんなガキの使いのようなことはプライドが許さなかったから誰もが行きたくなかったということである。
あとはもう、、、私の仕事であるかのように毎月月末になると支払いに行かされたのである。
3回目ぐらいから親近感が出てくるものである。
「あんたもこんなガキの使いのようなことばかりで可哀そうだから、、、」
「お客も少ないし、話相手をしてってよ」
「大丈夫、あんたからお金を取ろうなんて思ってないから・・・」
「ビール、それともウイスキー」
「薄い水割りでいいです」
尻が沈み込むようなソファー腰かけても落ち着かなかった。
「あんたぜんぜん擦れてないけど地元??」
「はい、陸の孤島と言われてる徳山村出身です」
「ああ~聞いたことがある」
「すごいところなんだってね」
「町へ出てきて、そう思いました」
「なるほどね」「最初からなんか親近感があったんだよね」
「わたしは五島列島の放れ小島出身なの」
「陸じゃあなくて本当の孤島だよね」
結局、水割りを3杯飲んだ。
美味しかった。そりゃあそうだよね。レミーマルタン、ブランデーだもん。
喉にひっかるようなサントリーレッドと比べるのが間違っている。
帰りがけに、、、「すみません、奢ってもらって、、、」
「大丈夫よ、商売人が損するようなことはしないから・・・」
「ちゃんとスギちゃんの請求に上乗せしとくだけだから・・・」
それから5年後、転勤するまで面倒を見てもらった。
個人的に外でも2,3回飲ませてもらったこともある。
あんな高級クラブに行けるような身分にはなれず、、、
転勤してからは会ったこともないが・・・・
ユーチューブで桂銀淑を見て思い出した。
生きていればもう80か90、、、
絶対、出会えるはずもない人に出会い、親密になれる。
すべては・・・運命で決まっていた・・・というしかない。