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考え方のベースを変えてみる

ヘタレさん
>きょうの記事のタイトル、損切りをするために株を買う、というの理解できません。損切りばかりしてたら損することになってしまうので損切りしないところで買わないと利益にはならないのでは??

初心者の多くは、「損切りは損すること」だと考えているのではないでしょうか。そしてできる限り「損はしたくない」とそればかりを考えているのでしょう。「高くなったところでは買えない」「あがっていくところで飛び付けない」。。。これを「怖いから」と言う。なぜ怖いという感情が出るのか?

それは考えのベースに「損したくない」という観念があり「絶対損しないところで買いたい」という固定観念に縛られているからです。そして株価が下がってきたところは「損する確率が低い」と考えて下がっていくところを買う。さらに下がっていくのに損が切れない。すべては損切りイコール損をすることという固定観念に縛られているということです。

たとえば、人は何のために生きているのか?という質問に、ほとんどの人は「子育てのため」とか「幸せのため」とか、生きることを前提にした考えで答えを出すのでしょう。ですが、人は死ぬために生きているのです。生きるために生きているのではなく、死ぬために生きているわけです。

「ゴールデンウィークが早く来ないかな」と楽しみに待つ・・・ということは、死ぬ時に近づいたことを楽しみにしていることに等しく、誕生日を迎えてお祝いをしようというのも、死ぬ時が一年近づいたことを祝うに等しいということです。

つまり人はいずれ100%絶対死ぬわけですから、誰もが死に向かって毎日を生きているわけです。一日過ぎれば、一日死に近づく。一年過ぎれば、一年死に近づいているということです。これが現実ですから「人は死ぬために必死になって生きている」ということになるわけです。

「儲けるために株を買う」という考え方は「お金持ちになるために生きる」というに等しく、「損切りするために株を買う」という考え方は「死ぬために生きる」ということに等しいと私は考えるわけです。

死ぬことを前提に生きることを考える人と、死ぬことを想定しないで生きることを考える人の違いは何かと考えた時、「生きる覚悟」が違うと私は思うわけです。「もうあと何年で死ぬ」「もうあと何十年で死ぬ」と、死ぬことを前提にして生きることを考える人は、死ぬまでに何をすべきかを常に考えながら生きているわけです。

ところが自分が死ぬという想定もしないで生きている人は、「明日があるさ」「明日からやればいいさ」と毎日のんべんだらりんと過ごすわけです。つまり「生きているということの重み」「死ぬ時の覚悟」が何もないわけです。そしてガンなどの診断を受けるとうろたえて何をすれば良いのかも分からなくなってしまう。結果、嘆き悲しみながら何もできないままに死んでいくということになるわけです。

「損切りするために株を買う」とは、これと同じことです。つまり「損をするために株を買う」ということは「死ぬために生きている」と言うことと同じことなのです。「死ぬために生きてるのだから、いま何をすべきか」と考えるのと同じで「損切りするために株を買った」という覚悟がありますから、いかに損切りにならないようにするかと考え、ダメだったらスパッ損を切れるわけです。

「損はしたくない」と儲けることしか考えていない人は、含み損になったとき、スパッと切ることはできない。それは買う時に損をする覚悟がないから。死を考えたことがない人がガンの告知を受けたと同じことになるわけです。

人が絶対死なない方法がないのと同じで、トレードに絶対もうかる方法などないわけです。であれば、人は死ぬことを前提に生きるべきであり、トレードは損することを前提に株を買うべきだと思うわけです。

一言で言えば「最悪を想定して、覚悟を持って買う」ということです。最悪さえ想定していれば、最悪になる前に手を打てる。。。と考えるのが私の考え方です。

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